1992〜2000年の日本誌におけるDoug Aldrichは、単なる速弾き型のギター・ヒーローではなく、LION以来の華麗でメロディックな音色を、より明瞭で重量感のあるリフと曲の推進力へ発展させたギタリストとして論じられた。初期はクリアなトーンから一気にヘヴィへ落とすダイナミクス、BAD MOON RISING期には重さと技巧の拡張、BURNING RAIN期には他者との妥協を減らした解放感と、自分の主導権によるリフ/曲作りが強調される。
PERIOD CONTEXT当時の文脈
日本での受容の出発点は、LION時代から続く「80年代ギター・ヒーロー」像だった。誌面上のAldrichは、英国的な湿り気とカリフォルニア的な開放感を併せ持つハード・ロックの中で、ダイナミックかつスリリングに楽曲を彩る存在と位置づけられている。つまり音色の個性は、ハイゲイン一辺倒ではなく、抜けのよいクリアな響き、歌うようなメロディ、そこから急速に重くなる音圧の落差にあった。 BAD MOON RISINGでは、その落差がよりヘヴィな方向へ押し広げられた。1993年の『BLOOD』はサウンドを重くした転換点として整理され、ライヴ評でも「クリアなギター・トーン」からヘヴィネスへ移る構成が印象として捉えられている。一方、リフの発展は単純な重量化ではない。ベンディング、スタッカート、レガート、モード、弦飛びといった技法を、リフのアクセントとソロの流動性の双方に結びつけ、ピッキングの正確さを個性へ変える方向だった。1997年の教則企画が「個性の確立」まで扱ったことは、この時期の評価が速度よりも語彙とコントロールへ移っていたことを示す。 ただしBMR期は、Cal Swanの声とAldrichのギターという強い看板がありながら、曲の方向性が妥協的で煮え切らないという批判も受けた。1999年のBURNING RAIN評では、その制約を離れたことで、音がより若々しく開放的になり、Aldrichが主導権を取った結果としてリフと曲の焦点が明確になった、と読まれている。したがってこの年代の発展は「音をさらに歪ませた」というより、クリアな個性を保ったまま、重いリフ、ダイナミックな展開、そして自分の曲作りを一体化した過程だった。
LISTEN NEXT次に聴くなら
EVIDENCE根拠メタ情報
- BURRN!Doug Aldrich・来日評、教則企画、転機を横断整理LION・英国性とLA性を併せた音楽性BAD MOON RISING・重音化、日本人気、評価の揺れ
- BURRN! 1999年10月号・主導権移行と解放感を評価
- BURRN! 1995年8月号・国内活動と後期作品の位置づけ
- BURRN! 1996年10月号・後期作の日本盤と受容環境
CONFIDENCE確度
中
NOTES注意点
1992〜2000年の各作品について、音色やリフを連続的に採点した記事が揃っているわけではないため、評価はライヴ評、作品の位置づけ、教則企画、バンド論を組み合わせたものになる。また、日本での人気は強く記録される一方、米国本国での評価との比較は限定的である。