SINERGYは、1990年代末の「女性ヴォーカル・メタル」という括りだけでは捉えきれない存在だった。キンバリー・ゴスを前面に置きながら、アレキシ・ライホ、イェスパー・ストロムブラードら北欧エクストリーム系の実力者が結集した、メロディックなヘヴィ/パワー・メタル寄りのスーパーグループとして位置づけられる。日本では1999年の初来日がIN FLAMESのサポート枠で実現し、北欧メタルの新しい人脈を示す注目株として紹介された一方、活動初期は即席編成・ライヴ経験の少なさも意識されていた。
PERIOD CONTEXT当時の文脈
当時のSINERGYは、ゴスの性別を売りにしたポップな“女性ヴォーカル・バンド”というより、北欧デス・メタルとネオクラシカル/パワー・メタルの接点に置かれたバンドだった。ヴォーカルはクリーン主体で楽曲を明瞭にしつつ、ギターの攻撃性や疾走感は北欧エクストリーム・メタルの系譜に属する。このため、同時期に広がっていた女性フロント・メタルの潮流と接点はあっても、ゴシック・メタル系の耽美性を中心に語られたわけではない。 日本での受容を考えるうえでは、1999年にIN FLAMESのサポートとして初来日したことが重要だ。これは単独の大型新人としてではなく、北欧メタル・シーンの内部から現れた関連バンドとして紹介されたことを意味する。ライホやストロムブラードらの名は、女性ヴォーカルという話題以上に、当時の日本のファンが注目していた北欧人脈を可視化した。後年の回顧では、豪華なメンバー構成ゆえにサイド・プロジェクトと見なされることもあったが、同時に音楽性は一貫して一級のヘヴィ・パワー・メタルだったと再評価されている。 したがって1990年代末の位置づけは、「女性が歌うメタル」の代表というより、女性ヴォーカルを核に北欧メタルの俊英を束ね、メロディと攻撃性を両立させたフィンランド発のクロスオーバー的存在、というのが適切である。後続の作品ではこの個性がさらに明確になり、ゴスは単なるフロント役ではなく、バンドの強いアイデンティティを担う中心人物となった。
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EVIDENCE根拠メタ情報
- BURRN! 1999年10月号・初期ライヴの手応えと編成上の位置づけ
- BURRN! 2020年3月号p.21・1999年の日本公演と周辺人脈を整理p.23・2002年の再来日と関連バンドの動向
- BURRN! 2021年4月号 p.111・サイド・プロジェクト視と音楽性を再検討
CONFIDENCE確度
中(medium)
NOTES注意点
1990年代末の日本誌面では、女性ヴォーカル一般の潮流とSINERGYを正面から比較する論評は多くなく、評価は北欧メタルの人脈、来日枠、メンバーの知名度を通じて形成された面が大きい。後年の回顧には、当時の印象と現在の再評価が混在する。